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横浜地方裁判所 平成3年(行ウ)16号 判決

横浜市鶴見区下末吉四丁目八番一四号

原告

十良澤歳男

右訴訟代理人弁護士

森和雄

同区鶴見区中央四丁目三八番三二号

被告

鶴見税務署長 田邉裕

右指定代理人

矢澤敬幸

古川敞

清住碩量

近藤晃

中道衆矢

清水智之

栗原牧彦

小宮山真佐路

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成二年三月八日付けでした

1  原告の昭和六一年分所得税の更正のうち、総所得金額一八九万六八〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定

2  原告の昭和六二年分所得税の更正のうち、総所得金額一二八万一八三〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定

4  原告の昭和六三年分所得税の更正のうち、総所得金額一六二万八五〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定

をそれぞれ取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、大工工事業を営む個人事業者であり、昭和六一年から同六三年の各年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税の確定申告(白色申告)をした原告が、税務調査(以下「本件調査」という。)を受けた結果、実額で所得税を算定することが困難であると判断され、被告から、本件係争各年分について、推計課税による更正及び過少申告加算税賦課決定を受けたことから、推計の必要性及び合理性を争っている事案であり、本件係争各年分における原告のした確定申告、被告のした更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)、原告がした不服申立て並びにこれに対する決定・裁決の経緯は、別表一ないし三のとおりであって、この点は、当事者間に争いがない。

二  争点

本件の争点は、被告がした推計課税に必要性及び合理性があるかという点であり、双方の主張・反論は次のとおりである。

1  推計の必要性

(一) 被告

(1) 被告は、原告の本件係争各年分における所得金額が適正であるか否かについて調査する必要があると判断し、被告所部職員である井澤昌義国税調査官(以下「井澤係官」という。)に対し、原告の本件係争年分における所得税の調査を命じた。

(2) 井澤係官は、平成元年八月四日午前一一時二〇分ころ及び同年九月四日午前九時ころの二回にわたり、横浜市鶴見区下末吉四丁目八番一四号の原告宅(以下「原告宅」という。)へ赴いたが、二度とも留守であった。そこで、井澤係官は、原告の本件係争各年分の所得税の調査に来た旨及び同係官に連絡をして欲しい旨を記載した不在票を原告宅の郵便受けに投函した。

(3) その後、井澤係官は、電話で、調査期日を原告と打ち合わせたうえ、右期日である同月一三日午前係争各年分の所得税の調査のため来訪した旨を告げ、調査の協力を要請した。

しかし、原告は、右調査の際、神奈川県東部建設労働組合事務局員である石黒勝美外二名(以下「本件立会人ら」という。)を同席させたうえ、本件立会人らとともに、「なぜ、調査しなければならないのか。」、「計算誤りでもあるのか。」などと述べて、調査理由の開示を再三要求し、また、「なぜ、立会いが認められないのか。本人がいいと言っているじゃないか。」などと言い立て、本件立会人らの立会いを再三要求し、一向に調査に応じようとはしなかった。

井澤係官は、原告に対し、税務調査の内容が調査対象者のみならず、第三者の秘密にも及ぶことが少なくないことから、調査に関係のない第三者の立会いは認められない旨説明し、本件立会人らを退席させるよう求めたが、原告は、一貫して同係官の右の求めを拒否する態度に終始し、本件係争各年分の所得税に関する帳簿書類等を提示しようとはしなかった。

(4) また、被告は、原告の主要な取引先である丸正ハウス株式会社(以下「丸正ハウス」という。)に対し、反面調査を行おうとしたが、その際、同社の代表者である長岡二介は、被告の調査に対し、原告の意向により、調査に協力することができない旨述べ、協力を拒んだ。これは、原告が、同社の代表者に対し、被告の税務調査に協力しないよう依頼したためである。

このため、被告は、結局同社からは、原告の販売額等の数値を得られなかった。

(5) 更に、被告は、本件調査に先立ち、昭和六二年一〇月から同六三年一月にかけて、被告所部職員の月川宏国税調査官(以下「月川係官」という。)に命じ、原告の同五九年ないし同六一年分の所得税の調査を行わせ、同係官は、同六二年一〇月六日、税務調査のため原告宅に赴いたが、その際も原告は、約一〇名の立会人を同席させ、調査に非協力的な態度を取り続け、調査の進展を阻んだ経緯がある。

(6) 以上からすれば、原告には、被告の本件調査に協力する意思がないことは明らかであって、被告が、原告の本件係争各年分の所得税を実額で算定することは不可能であった。したがって、被告が、原告の本件係争各年分の所得金額を推計により算出する必要性が存したことは明らかである。

(二) 原告

(1) 推計課税は、納税者が信頼できる帳簿等を備えておらず、また、納税者が調査に非協力的で、実額の把握ができない場合に例外的に認められるものである。原告は、本件調査において、井澤係官に対し、調査理由を説明するよう要請し、同係官が、右要請に答えてくれるなら調査に応じるつもりであったのであり、また、その旨を同係官に告げていたのである。しかし、それにもかかわらず、井澤係官は、右調査理由を開示しようとせず、一回の、しかも約一五分の調査をしただけで、これを打ち切ってしまった。

(2) また、原告は、平成二年二月二一日、本件係争各年分の収支内訳書を持参して鶴見税務署を訪れ、本件調査の結果の説明を求めたが、井澤係官は、「そもそも、もう税額が決まっているのだから、説明してもしかたがない。」などと述べ、原告の本件係争各年分の帳簿書類等の提示を求めることもなく、終始、原告の協力を求める姿勢をとらなかった。

(3) 以上からすれば、本件においては、被告には、原告の所得の実額を算定する意思がなく、右実額を捕捉する努力をしなかったのは明らかであるから、本件推計は、必要性がなく違法である。

2  推計の合理性

(一) 被告

(1) 被告が、原告の本件係争各年分の所得金額を算出するために採用した推計の方法は、昭和六一年分及び同六二年分については、被告が反面調査等により把握した原告の各売上金額(別表四及び五)に、同六三年分にについては、原告作成の同年分の収支内訳書に記載された売上金額六九七二万四八六〇円(なお、各売上金額は、原告も争わない。)に、それぞれ別表六ないし、八記載の各年の比準同業者の平均所得率である一〇・〇〇パーセント、一二・五七パーセント、一三・八八パーセントを乗じることにより、原告の所得金額を算出するというものである。

(2) ところで、右推計に用いた比準同業者は、原告の納税地を所轄する鶴見税務署の管内に事業所を有する個人事業者のうち、次の〈1〉から〈4〉の基準すべてに該当する者を別表六ないし八記載のとおり、本件係争各年分ごとに抽出したものである。

〈1〉 年を通じて「大工工事業」を営む個人事業者

〈2〉 本件係争各年分において、青色申告の承認を受け青色決算書を提出している者

〈3〉 本件係争各年分において、売上金額が、次のとおり、いわゆる倍半基準(原告の売上金額の〇・五倍から二倍以内の売上金額を有する者を対象にする方法)の範囲内である者

昭和六一年分 三四四〇万一六一五円以上一億三七六〇万六四六〇円以下

昭和六二年分 二八〇九万二九七〇円以上一億一二三七万一八八〇円以下

昭和六三年分 三四八六万二四三〇円以上一億三九四四万九七二〇円以下

〈4〉 次に該当しない者

(a) 災害等により経営状態が異常であると認められる者

(b) 税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、次のイ又はロに該当する者

イ 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過していない者

ロ 当該処分について不服申立てをし、又は訴えを提起して、現在審理中である者

(3) 以上のとおり、被告の右推計には、恣意の介在する余地がなく、原告の実際の所得金額に近似した数値が得られていると推認されるから、右推計の方法には合理性がある。

(二) 原告

(1) 被告の行った推計は、青色申告者を比準同業者としているところ、大工工事業を含む事業者のうち、青色申告をしている業者は、経営状態が安定している者が多いから、前記比準同業者の本件係争各年分の平均所得率が高くなるのは当然であって、原告のような白色申告者の所得の推計にこれを用いることは合理的でない。

(2) 被告は、原告の比準同業者として、大工工事業を営む個人事業者を抽出しているが、大工工事業には、下請工事業者と元請工事業者があるところ、原告は、このうち下請工事業者(売上額の半分以上が下請契約に基づき獲得される者)に該当するものであり、売上の九割前後が下請け、孫請けである。

ところで、下請工事業者と元請工事業者では、後者の方が利益率が高いことが明らかであるから、この点を考慮せず、極めて高い所得率の業者を数多く含む右推計の方法には合理性がない。

(3) また、被告が抽出した比準同業者の数をその売上金額ごとにみると、例えば、昭和六一年分(別表六)においては、売上金額三〇〇〇万円台三社、四〇〇〇万円台三社、五〇〇〇万円台二社、六〇〇〇万円台三社、七〇〇〇万円台二社、八〇〇〇万円台二社の業者がそれぞれ抽出されているものの、九〇〇〇万円台から一億三〇〇〇万円台までの業者は全く抽出されておらず、同様に、同六二年分(別表七)においては、九〇〇〇万円台から一億一〇〇〇万円台までの業者の抽出がされておらず、昭和六三年分(別表八)においては、一億円台から一億三〇〇〇万円台までの業者の抽出がされていないなど、倍半基準において抽出されるべき業者数に偏りがあり、本件においては、倍半基準が比準同業者の抽出方法として機能していない。

(4) しかも、被告は、倍半基準によって抽出されるべき業者を恣意的に捜査した疑いがある。

すなわち、被告が抽出した比準同業者の売上金額ごとの所得率は、以下のとおりである。

同六二年分

二〇〇〇万円台 所得率 一九・九〇%

三〇〇〇万円台 所得率 一一・五七%

四〇〇〇万円台 所得率 一一・一二%

五〇〇〇万円台 所得率 五・八五%

六〇〇〇万円台 所得率 五・五三%

七〇〇〇万円台 所得率 一四・一七%

八〇〇〇万円台 所得率 六・五五%

同六三年分

三〇〇〇万円台 所得率 一五・三七%

四〇〇〇万円台 所得率 一九・三八%

五〇〇〇万円台 所得率 一二・二六%

六〇〇〇万円台 所得率 九・一四%

七〇〇〇万円台 該当者なし

八〇〇〇万円台 所得率 七・〇九%

九〇〇〇万円台 所得率 六・四八%

これによれば、売上金額が少ない業者など所得率が高いことが明らかであるところ、右(3)のとおり、被告が倍半基準により抽出した比準同業者に、売上が高額な業者が含まれていないことからすれば、被告は、右推計で用いる平均所得率を高くするために、恣意的に、高額の売上を上げている業者を抽出から除いた疑いがある。

また、右比準同業者には、専従者給与を申告している者が少なく、差引所得金額が赤字となっている者もいないこと、抽出されている比準同業者の数が、被告が原告の審査請求に対する答弁において主張した比準同業者(以下「裁決書記載の比準同業者」という。)の数と異なっていることからすれば、被告が恣意的な抽出をした疑いは否定できない。

(5) 仮に恣意的な抽出がされていないとしても、右のように、売上金額が少ない業者ほど所得率が高いことが明らかであるから、右推計に当たっては、倍半基準によって求めた平均所得率を用いることは許されず、少なくとも、原告の売上金額の前記一〇〇〇万円台の売上金額を有する業者の平均所得率を用いるべきである。

第三争点に対する判断

一  (推計の必要性)

1  本来、所得税の課税は、客観的に存在する真実の所得金額(実額)を課税標準としてされることが原則であるから、所得税の更正もまた、原則として実額調査によりされるべきである(国税通則法二四条、二五条)。

しかし、納税義務者が、信頼できる調査資料を有しないとか調査に協力しないなどの事由により、当該納税義務者の所得金額を実額で把握することができない場合には、実額調査に代わる方法として、推計による課税が認められている(所得税法一五六条)。

そこで、本件において、被告が、原告の本件係争各年分の所得税を実額で把握することができなかったかを検討する。

2  本件各処分に至る経緯に関し、甲一八八号証、乙六、七号証、証人井澤昌義の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨により認められる事実は次のとおりである。(なお、一部について、当事者に争いがないか、又は、原告もしくは被告が明らかに争わない事実を含む)。

(一) 原告は、前記原告宅に居住し、大工工事業を営む白色申告の個人事業者である。

(二)(1) 原告の預金額等からみて、その申告所得金額には過少申告の疑いがあったので、上司の命により原告の所得税調査を担当することとなった月川係官は、昭和六二年一〇月六日午後二時ころ、原告宅に臨場し、原告に対し、昭和五九年ないし同六一年分の所得税の調査に来た旨を告げたところ、原告は、「それでは調査の理由にならない。」、「(申告に)どこかおかしいところがあるのか。」、「何か理由があって来たんだろう。」などと述べ、また、同日は仕事の都合上、調査には応じられない旨述べた。

(2) 月川係官は、原告と合意のうえ定めた期日である同月二〇日午前一〇時ころ、原告宅に再び臨場したところ、原告宅には、神奈川県東部建設労働組合の宮守外九名ほどの男女が集まっていたので、同係官は、原告に対し、調査内容が原告の仕事の内容だけでなく取引先の秘密にも及ぶ可能性があるため、同人らを立ち退かせるよう要請した。ところが、原告は、自分の仕事の話をするのだから構わない旨述べてこれに応じず、また、月川係官が、調査理由は同五九年ないし同六一年分の所得金額の確認である旨述べると、原告は、それでは理由にならない、正当な理由があれば調査に応じる旨発言し、宮守も同様の発言をし、以後係官との間で同じような問答が続いた。そこで、月川係官は、原告に対し、税務署独自の調査を進める旨告げ、原告宅を辞去した。

(3) 月川係官は、同六三年一月二〇日、岩永宜孝上席国税調査官とともに、原告の取引先である丸正ハウスに臨場し、同社の代表者である長岡二介に対し、原告との取引内容を尋ねたが、同人は、「十良澤さんは、大事な下請け業者であり、税務署に協力すると仕事がやりづらくなる。」などと述べ、調査に応じなかった。

被告は、右の後、原告に対する同五九年ないし同六一年分の所得税の調査を一旦中断した。

(三)(1) 平成元年七月中旬、上司から、原告の所得税の申告について調査を命じられた井澤係官は、同年八月四日午前一一時二〇分ころ、事前の連絡をせず、原告宅を訪れたが留守であったため、郵便受けに、「あなたの昭和六一年分から昭和六三年分の所得税調査のため、本日午前一一時二〇分にお伺いいたしましたがお会いできませんでした。つきましては、八月七日午前九時ころ担当者までご連絡下さい。」という内容の不在票を投函し、帰署した。

原告は、同日午後一時ころ、井澤係官に電話をかけ、「郵便受けに入っていたメモに基づき電話をしているが、用件は何か。どうして突然きたのか。」、「前回の担当者と同じ担当者か。」、「次回お会いした際に納得のいく説明をしてもらう。」などと述べた。

更に、原告と井澤係官は、次回の調査期日を話し合ったが、日程の調整がつかず、結局、原告が、同月一〇日までに、同係官に連絡をすることになった。

しかし、当日になっても、原告から井澤係官に対して連絡がなかった。

(2) 同年九月四日午前九時ころ、井澤係官は、原告宅を訪れたが、留守であったため、同月六日午前九時ころまでに連絡して欲しい旨を記載した不在票を原告宅の郵便受けに投函し、帰署した。

(3) 同月七日午後一時三〇分ころ、神奈川県東部建設組合の当時の事務局長であった柏木は、原告の代理人と称して、井澤係官に対し電話をし、同係官に対し、自分は原告からすべてを任されているから調査の理由を教えるよう求めた。井澤係官は、柏木に対し、数度にわたり、原告本人と代わるよう求め、ようやく電話に出た原告に対し、所得の確認のための調査である旨答えたが、原告は納得せず、調査理由を教えるよう繰り返し求めた。

そこで、井澤係官は、原告に対し、同月一三日午前一〇時に原告宅に調査に行く旨述べたところ、原告もこれを了承した。

(4) 井澤係官は、同月一三日午前一〇時ころ、原告宅を訪れ、部屋の一室に通されたが、その部屋には、右柏木及び右組合の石黒勝美事務局員ら三人の男が座っていた。井澤係官が、原告に対し、右三人は誰であるかと尋ねると、原告は仕事の仲間である旨答えた。

井澤係官は、原告に対し、第三者の立会いは認められないから右三名を退席させるよう再三求めたが、原告は、右三名とともに、「なぜ、調査をしなければいけないのか。申告内容が正しいことは本人が一番良くしっている。」、「計算誤りでもあるのか。」、「なぜ立会いが認められないのか。本人がいいと言っているじゃないか。」などと述べ、右三名の立会いを認めるよう求めた。

井澤係官は、原告に対し、税務調査の内容が調査対象者のみならず、第三者の秘密にも及ぶことが少なくないことから、調査に関係のない第三者の立会いは認められない旨説明し、右三名らを退席させるよう要求したが、原告はこれに応じず、また、本件係争各年分の所得税に関する帳簿書類等を提示しようとはしなかった。そこで、井澤係官は、原告に対し、このような状況では調査は不可能であり、今後もこのような状況が続くならば調査ができないとして、態度を改めて調査に協力する意思があるかを尋ねたところ、原告が今後も考え方は変わらない旨述べたため、同係官は、原告宅を辞去した。この間の時間は約一五分であった。

(5) 井澤係官は、同月二二日、原告との取引状況を確認するため、丸正ハウスの事務所を訪れたが、代表者の長岡の都合が悪かったことから、同月二六日に再び来訪することを約し、同社を辞去した。ところが、同月二五日、長岡は、同係官に電話をし、原告は丸正ハウスにとって大事な下請業者であるから、税務署が原告本人の承諾を得て来ない限り、税務調査には協力できない旨述べた。

(6) 井澤係官は、同二年二月一三日、原告宅に電話をかけて、調査結果を伝えたうえ、修正申告に応じるのであれば、翌一四日午前九時ころ、鶴見税務署へ来るよう告げたところ、原告が、「急に明日の九時と言われても困る。」などと述べたため、同係官は、同月一四日の午前中まで原告からの連絡を待った。

(7) 同月一四日午前九時五〇分ころ、原告は、井澤係官に電話をかけ、「もう少し時間をかけて自分なりに計算をしてみたい。」などと述べたので、同係官は、同月二一日の午前中まで、原告からの連絡を待つこととした。

(8) 原告は、同月二一日午後二時一五分ころ、前記柏木を伴って、鶴見税務署を訪れ、一階の総務課に本件係争各年分の収支内訳書(乙二号証の一ないし三)を提出した後、柏木と離れて、井澤係官と別室で話し合った。

原告は、井澤係官に対し、「今、総務課に昭和六一年分から昭和六三年分の収支内訳書を提出してきたので、検討して欲しい。」などと述べ、また、同係官に対し、税務調査の結果について説明を求めたので、同係官は、原告に対し、税務調査の結果を説明した。

井澤係官は、右収支内訳書の内容を検討して欲しいという原告の要請に対し、税務調査はすでに終わっているので、右収支内訳書を検討する必要はない旨述べ、その内容の検討をせず、また、原告に対し、改めて帳簿書類等の提出を求めることもしなかった。

井澤係官は、原告に対し、修正申告に応じる意思があるかと尋ねたところ、原告は、そのような意思がない旨答えた。

なお、原告がこの時提出したのは、本件係争各年分の収支内訳書のみであり、これを裏付けるその他の帳簿書類等は提出しなかった。

3(一)  以上の事実経過によれば、原告は、井澤係官に対し、平成二年二月二一日に、初めて本件係争各年分の収支内訳書を提出したが、これを裏付け、本件係争各年分の所得金額を実額で算定するのに当然必要な帳簿書類や原子記録を何ら提出していない。

また、原告は、同元年九月一三日の調査の際、前記石黒事務局員らを同席させ、井澤係官から同人らを退出させるよう求められても、これに応じず、かえって、同係官に対し、調査理由を開示することを再三要求し同係官から、このような状況では調査は不可能であるが、態度を改めて調査に協力する意思はあるかと尋ねられても、考え方は変わらない旨述べたのであり、加えて、本件調査前の昭和六二年一〇月二〇日、月川係官が原告宅に赴いた際も、原告は、一〇名ほどの同席者のもと、同係官との間で、右と同様のやり取りをしたことがあることなどを勘案すれば、原告が、丸正ハウスに対する被告の反面調査を妨害をしたが否かはさておき、本件税務調査に協力せず、そのため、必要な資料が得られなかったことは明らかであると認められる。

したがって、本件において、被告が原告の本件係争各年分の所得金額を実額で把握することはできなかったと認められるから、原告の本件係争各年分の所得金額を、推計により算出する必要性があったものというべきである。

(二)  なお、原告は、本件調査において、井澤係官に対し、調査理由を説明するよう要請し、右要請に答えてくれるなら調査に応じるつもりであったのに、同係官が答えなかったため、調査に応じなかった旨主張するが、所得税法二三四条は、質問検査権の行使に際し、税務職員が調査の具体的理由を開示することを要件としておらず、質問検査の範囲、時期等については、その必要があり、相手方の私的利益との衡量における社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解されるから、本件において、前記認定の事情のもとで、調査の具体的理由を開示しなかったといって、この点に違法はなく、原告が調査に応じなかったことが正当化されることはない。

(三)  更に、原告は、平成二年二月二一日、本件係争各年分の収支内訳書を提出したにもかかわらず、井澤係官がこれを検討せず、原告の本件係争各年分の帳簿書類等の提示も求めなかったことが不当である旨主張する。

しかし、前記のとおり、右収支内訳書だけで、原告の本件係争各年分の所得金額を把握することは不可能であり、また、同日に至るまでの原告の前記一連の態度からすれば単に右収支内訳書を持参したというだけでは、原告が、これまでの税務調査に協力しないという意見を翻意し、これに協力する姿勢を示したとは言い難いから、同係官が、提示された右収支内訳書を検討することなく、また、改めて原告の本件係争各年分の帳簿書類等の提示を求めなかったとしても、違法、不当であるとはいえない。

二  (推計の合理性)

1  次に、被告が採用した推計課税の方法については、その内容が実額調査に代わる方法となり得るだけの合理性を有していなければならないから、以下において、右合理性の存否について検討する。

2(一)  乙四号証、五号証の一ないし三、一〇号証、一一号証、証人草川勇の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

被告は、原告の本件係争各年分の売上金額を基礎とし、原告の納税地である鶴見税務署管内において、原告と同じく個人で大工工事業を営み、かつ、事業規模が原告と類似する比準業者の平均所得率を乗じて、本件係争各年分の原告の事業所得の金額を推計した。

すなわち、右売上金額は、昭和六一年分及び同六二年分については、いずれも反面調査及び原告の右各年分の収支内訳書(乙二号証の一、二)等により、同六三年分については、原告の同年分の収支内訳書(乙二号証の三)により把握されたものであり、いずれも原告も争わず、昭和六一年分が六八八〇万三二三〇円、昭和六二年分が六三一八万五九四〇円、昭和六三年分が六九七二万四八六〇円となる。また、右比準同業者として、被告所部職員の草川勇上席国税調査官は上司の命により、平成四年一月、東京国税長の平成三年一二月二七日付け「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)」と題する書面(乙四号証)に従い、鶴見税務署管内に所得税の納税地を有する事業者から、業種別名簿及び青色申告決算書により、次の〈1〉ないし〈5〉の要件を充足する者すべてを抽出した。

〈1〉 大工工事業を営む個人事業者

〈2〉 本件係争各年分において、青色申告の承認を受け青色申告書を提出している者で、管内に事業所を有する者

〈3〉 本件係争各年分において、売上金額が、いわゆる倍半基準の範囲内にある者、すなわち、昭和六一年分については、三四四〇万一六一五円以上一億三七六〇万六四六〇円以下、同六二年分については、二八〇九万二九七〇円以上一億一二三七万一八八〇円以下、同六三年分については、三四八六万二四三〇円以上一億三九四四万九七二〇円以下の範囲内にある者

〈4〉 年を通じて右〈1〉の事業を継続している者

〈5〉 次に該当しない者

(a) 災害等により経営業態が異常であると認められる者

(b) 税務署長から更正又は決定処分がされている者のうち、次のイ又はロに該当する者

イ 当該処分について国税通則法又は行政事件訴訟方の規定による不服申立て期間及び出訴期間を経過していない者

ロ 当該処分について不服申立てをし、又は訴えを提起して、現在審理中である者

右の抽出の結果は、別表六ないし八記載のとおりあり、これによれば、比準同業者の平均所得率は、昭和六一年分が一〇・〇〇パーセント、同六二年分が一二・五七パーセント、同六三年分が一三・八八パーセントとなる。

(二)  そして、これらに基づき、前記本件係争各年分の原告の売上金額に右各平均所得率を掛けて本件係争各年分の原告の事業所得金額を計算すると、昭和六一年分は六八八万〇三二三円、同六二年分は七〇六万二五七二円、同六三年分は九六七万七八一〇円となることが認められる。

(三)  以上のとおり、被告の採用した推計は、原告と業種及び事業規模等が類似する比準同業者の抽出方法が、いわゆる倍半基準という一応の合理性ある基準によって行われ、しかも、前記各要件を充足する比準同法業者の抽出方法も恣意の介在する余地が少なく相当であり、また、その抽出数(昭和六一年分一五件、同六二年分二五件、同六三年分二〇件)も資料の客観性を担保するに足りる程度のものであるといえる。したがって、右推計の方法により算出した原告の本件係争各年分の所得金額は、原告の実際の所得金額に近似した数値が得られるものと考えられるので、右推計の方法には合理性がある。

3  これに対し、原告は、右推計は、青色申告書を比準同業者としているところ、大工工事業を営む事業者のうち青色申告書をしている業者は、経営状態が安定している者が多いから、平均所得率が高くなるのは当然であって、原告のような白色申告書の所得の推計のために、青色申告書を比準同業者として用いることは合理的でない旨主張するが、推計の基礎となる資料の正確性を確保するために、青色申告書を比準同業者とすることには、一定の合理性があり、これを白色申告書である原告の所得の推計のために用いたからといって、右推計の方法に合理性がないとはいえない。

4  また、原告は、原告は下請工事業者であって、下請工事業者と元請工事業者では、後者の方が利益率が高いことが明らかであるから、この点を考慮しない右推計の方法には合理性がない旨主張する。

そして、証人草川勇の証言及び弁論の全趣旨によれば、本件の比準同業者には、元請工事業者と下請工事業者の両者が含まれ、その区別はされていないが、そもそも、元請工事業者と下請工事業者の区別は明確でなく(なお原告は、下請工事業者とは、売上金額の半分以上が下請契約に基づき獲得される者をいう旨主張するが、このような基準自体は不明確であるだけでなく、仮にこのような基準に従うとすれば、工事業者は、売上金額の内容により、その年ごとに元請工事業者となったり下請工事業者となったりする可能性があることになり不合理であるから、右基準は採用することができない。)。また、実際にも右のような分類抽出作業は、極めて困難であると考えられる。

また、原告は、右主張に当たり、元請工事業者の利益率が下請工事業者のそれよりも当然に高いことを前提にし、原告本人はこれに沿う供述をするが、それを裏付けるに足りる的確な証拠もない。したがって、原告の右主張は採用することができない。

5  原告は、被告が抽出した比準同業者を売上金額ごとにみると偏りがあるので、倍半基準が機能していないと主張するが、右のような事実があるからといって、直ちに本件の推計方法に合理性がないとはいえない。

6  また、原告は、被告が抽出した比準同業者をみると、売上金額が少ない業者ほど所得率が高いことが明らかであるところ、被告は、右推計で用いる平均所得率を高くするため、恣意的に売上が高額な業者を抽出から除いた疑いがあり、そのうえ、右比準同業者には、専従者給与を申告している者が少なく、差引所得金額が赤字となっている者もいないことなどからみれば、被告が恣意的な抽出をした疑いを否定できない旨主張する。

しかし、仮に原告主張のとおり、売上金額が少ない業者ほど所得率が高いことが認められるとしても、それだけで、被告が、恣意的に、売上が高額な業者を抽出から除いたことが疑われるとはいえず、専従者給与を申告している者が少なく、差引所得金額が赤字となっている者がいないからといって、直ちに被告のした抽出が恣意的なものであるともいえない。

なお、原告は、裁決書記載の比準同業者の数と被告が本訴で主張する比準同業者の数に差異があるから、本件推計における比準同業者の抽出が恣意的にされた疑いがあるとも主張する

甲一八七号証及び弁論の全趣旨によれば、裁決書記載の比準同業者の数は、昭和六一年分九件、同六二年分一一件、同六三年分一四件であり、本訴主張の比準同業者の数は、同六一年分一五件、同六二年分二五件、同六三年分二〇件であるところ、被告は、裁決書記載の比準同業者の抽出に当たり、まず、同六三年分の比準同業者を抽出し、その中から、同六一年分及び同六二年分の各年分においても、倍半基準等の条件を満たす者だけを抽出して右各年分の比準同業者としたのに対し、本訴主張の比準同業者の抽出については、本件係争各年分ごとに、それぞれ、倍半基準等の条件を満たす者を抽出したことが認められる(なお、別表九ないし一二参照)。そして、このような抽出方法の違いに照らせば、同六一年及び同六二年の各年分において、裁決書記載の比準同業者の数と本訴で主張するその数との間に、右のような差異が生じることも容易に理解できる。

なお、同六三年分における裁決書記載の比準同業者の数と本訴主張のその数の差異においては、証人草川勇の証言及び弁論の全主張によれば、抽出時期が異なる結果、当該同業者が税務調査の対象とされていたか否かという違いに基づくものと推認される。また、仮に、裁決書記載の比準同業者の抽出方法に問題があったとしても、前述のとおり、本訴で主張されているその抽出方法には一定の合理性があるから、後者による推計が否定されるものではない。

7  更に、原告は、仮に恣意的な抽出がされていないとしても、前記のように、売上金額が少ない業者ほど所得率が高いことが明らかであるから、推計に当たっては、倍半基準によって求めた平均所得率を用いることは許されず、少なくとも、原告の売上金額の前後一〇〇〇万円台の平均所得率を用いるべきである旨主張する。

しかし、原告の売上金額の前後一定の幅の範囲内にある者を抽出するいわゆる倍半基準自体、推計課税において一定の合理性を持つ基準として認められるところであり、原告の主張するような売上金額の平均所得率を用いることは、かえって比準同業者の数を減少させるなど不合理な面もあり、いずれにせよ、そのような方法によらなければ、右推計の合理性が否定されるとはいえない。

8  以上検討したところによれば、被告が原告の本件係争各年分の総所得金額(事業所得)を昭和六一年分六八八万〇三二三円(六八八〇万三二三〇円一〇・〇〇パーセント)、同六二年分七〇六万二五七二円(五六一八万五九四〇円一二・五七パーセント)、同六三年分九六七万七八一〇円(六九七二万四八六〇円一三・八八パーセント)と推計したのは合理的であると認められる。

三  (本件更正及び決定の適法性)

1  右二のとおり、被告が、本訴で主張する原告の本件係争各年分の総所得金額である昭和六一年六八八万〇三二三円、同六二年分七〇六万二五七二円、同六三年分九六七万七八一〇円は、それぞれ合理性を有するものであるところ、本件更正における原告の総所得金額は、それぞれ、昭和六一年六八六万二五〇六円、同六二年分六四六万八九三七円、同六三年分八三二万二二七五円であって、いずれも被告が本訴で主張する金額の範囲内であるから、本件更正は適法であり、また、これらの金額を前提としてされた本件決定も適法である。

2  なお、原告は、昭和六一年分の確定申告書において、原告の長男十良澤勝雄及び長女十良澤幸子を原告の扶養親族として、扶養控除六六万円を含む一二〇万七〇三〇円を「所得から差し引かれる金額」(以下「所得控除額」という。)として総所得金額から控除しているが、(乙一号証の一)、幸子は、コンタツ株式会社から給与所得八七万八四〇〇円を受けている(乙三号証)から、所得税法二条一項三四号に規定する扶養親族とは認められないので、原告の所得控除額は、一二〇万七〇三〇円から幸子に係る扶養控除三三万円を控除した金額である八七万七〇三〇円となる(当事者間に争いがない)。

したがって、原告の同年分の課税総所得金額は、原告の右事業所得金額とされた六八八万〇三二三円から、右所得控除額八七万七〇六〇円を控除した六〇〇万三〇〇〇円(国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数切捨て後の額)となる。

そこで、原告の同年分の納付すべき税額は、所得税法八九条(昭和六二年法第九六号施行以前のもの)の規定により一一二万九四〇〇円であるところ、本件更正に係る納付すべき税額は、一〇四万二二〇〇円であって、被告主張の税額の範囲内である。

四  (結語)

よって、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 秋武憲一 裁判官 小河原寧)

別表一

課税の経緯(昭和六一年分)

〈省略〉

別表二

課税の経緯(昭和六二年分)

〈省略〉

別表三

課税の経緯(昭和六三年分)

〈省略〉

別表四

売上金額

昭和61年分

〈省略〉

別表五

売上金額

昭和62年分

〈省略〉

別表六

大工工事業者の課税実績表

昭和61年分

〈省略〉

別表七

大工工事業者の課税実績表

昭和62年分

〈省略〉

別表八

大工工事業者の課税実績表

昭和63年分

〈省略〉

別表9

比準同業者の対比表(昭和63年分)

〈省略〉

別表10

比準同業者の対比表(昭和62年分)

〈省略〉

別表11

比準同業者の対比表(昭和61年分)

〈省略〉

別表12

裁決書記載の比準同業者

〈省略〉

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